暴走族発、少年院、南米経由、新聞記者着
暴走族副総長から、少年院を出て、
その後、南米を放浪して新聞記者になった男が
先日2/9、“母校”で講演し
その様子が毎日新聞に載った。
吉永拓哉32歳、
違いがわかり過ぎるほどわかっている男のネスカフェ背筋も凍るどブレンドな、
波乱ウクレレな…いや、マンドリンな…いや、万丈な半生はこんなだ。
吉永さんの本を、2冊手がけさせていただいた。
『ぶっちぎり少年院白書』
『ヤンキー記者、南米を行く』
この人、とにかく、義理堅く、
コワモテな外見とは真逆で、これでもかというほど腰が低い。
「はいっ! そうさせていただきます!」
「ありがとうございます! 最高うれしいです!」
はきはきとした受け応え、節度ある振る舞い。
本を作り始める時、作っている時、終ってからなどなど、
ちょっとした節目ごとにしょっちゅう手紙を送ってきてくれる。
誠意が滲み出たていねいな、かつ力強い文字で、
感謝の気持ちをしっかりと綴ってある。
手紙を書く習慣は少年院で身に着けたと言う。
僕が仕事してきた人の中でも、
感謝の気持ちを伝えることを実践しているのはダントツ吉永さんだ。
いつももっともっと見習わなければと頭を垂れる次第。
でもなかなか真似できないものである。いかんなあ。。。
少年院の本が、読売新聞書評で映画監督の西川美和さんに絶賛していただき、
本人が南米の本を今回送ったら、
いきなりメールや電話で意気投合してるようです。
先に知り合ったのは弟のヨシナガコウタクさん。
4〜5年前かな。
デザイナーからの紹介で「イラストを見てください」とメールがあり、
その絵を見て、<これは天才!!>としびれてすぐに会った。
今は家業の都合で福岡に戻り、絵本作家として売れっ子になったが
その頃はまだイラストだけ描いていた。
何かやりたいですねと盛り上がっていたら
「実はうちのニイイチャンもおもしろいんですよ」
と経歴やら絵などをいろいろ見せてもらい、
そこで僕の生来のヤンキー魂と編集者魂がめらめらと燃え上がり、
拓哉さんが東京来た時に会わせていただいてからおつき合いが始まった。
ちなみに、妹のYURIさんもイラストレーターで活躍中という、
才能溢れる3兄妹である。
昨秋、『ヤンキー記者、南米を行く』の出版パーティに呼んでもらい、
何度も手紙をいただいていたお父さんにもお目にかかったが、
アツく面白く人間味溢れる方で、
いろいろな人がこの方の人柄に惚れて集ってくるんだなとスッと入ってきた。
お母さんもにこやかで、飾らないのに華を感じさせる方で、
ああ、このご夫妻ならば、こんなステキな兄妹が育つんだろうなあと
家族愛を感じてほっこりしたいい気持ちになれた。
吉永拓哉さんに関してのネタは面白いものがありすぎて、
今すぐはかいつまめないほどの量(笑)。
近年、めっちゃカワイイ彼女をゲットしたのだが、
昔のヤンキーとしてのちょい先輩で、
レディースというより、「ケンカが好きだからですね」
とおっとり語っていたが、
一見筋のものかと思う吉永さんも
当時はめっちゃ怖かったらしい。
人に歴史アリ。
計算打算でなく人の心を打つのは
人間力だなあと、わかっていることでも、
この人と接するたびに反芻する。
また、こういう人と知り合えるのが編集者の醍醐味であり、
ビンボーでもでもそんな仕事をさせていただいていることに対して
たくさんの人、先祖、運命に感謝しなければと、
そういうことも思い出させてくれるのが、
少年院と南米放浪で得難い経験をし、
人の心のあたたかいつながりが、
煮込まれて沁みこんだ吉永さんの心なのだと思う。